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「ハンナのかばん」ができるまで
2008年8月15日(金)
昨日は、石岡さんがいらっしゃったので、
ハンナがテレジン収容所で描いた絵から物語を創って
シーンを演じるというのを、やった。
オイオイ、絵からどんどん離れていく!
全然違う世界へ行っちゃったよ〜。
石岡さんが横で笑いこけている。
こんなぐちゃぐちゃな! お話になっても一緒になって楽しんでいる
石岡さんも面白い人だ。
でも、今日は、そんなみんなに私はちょっと感動した。
このワークショップが始まる前の銅鑼だったら
もっと、ハンナの絵に近い世界をやっただろう。
悲しみや苦しみが溢れた物語、とか。
ユダヤ人が受けた仕打ち、とか。
ところどころそんなシーンになっていたりもしただけれど。
ましてや石岡さんの前の銅鑼なら、尚更そうなったんじゃないか、と思う。
それが、皆どんどん自由に膨らましていってしまった。
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さて、今日は今回の稽古の最終日。
で、初めて出演者以外の劇団員も稽古見学をしていい時間が出来た。
あまりに急に決まったから、一体何人見に来れるか分からないけど。
何が出てくるのか楽しみだ。
2008年8月14日(木)
3日間が過ぎました。
稽古場には、色んな登場人物が生まれては消えていきます。
それは、人間だけじゃなかったりします。
出演者がどんどん変っていって、・・・・・キャラクターが変わるだけでなく、
俳優自身が解放されていく・・・・・見ている方は大変楽しいです。
が、今は飛び飛びの稽古なので大丈夫だけれど、モニさんがやってきて
毎日こんな稽古が続くと・・・・・・・・。
本当に大変だぁ!
今日は、石岡さんが稽古見学にいらっしゃいます。
2008年8月12日(火)
またまた、2ヶ月も間があいてしまった(><)
この2ヶ月間、主に何をしていたかって言うと
全国の子ども劇場の企画会議に参加。
来年の公演地を決定するために打ち合わせ。
来年の各地で行われるフェスティバル参加の検討のための下見。
それに、膨大な制作予算をカバーするための助成金申請など。
この間に、いずみ凜さんより第1番目のシュノプシス(構成)が届く。
おお! 素敵! 背中がぞくぞくする。
でもこれは、まだ出演者には見せないことになった。
まだまだ自由な発想で稽古していくために。
大谷さんがこれを英文に訳してモニさんに送ってくれた。
先に日本語で読んでいるから、ふんふん、こういう風に言うのかぁ〜なんて、
ちょっと英語のお勉強をした気分。
これに対して、モニさんのコメントはまだ来ない。
大谷さんに電話があったようだけれど、電話にちょうど出れなかったそう。
なんて言うのかなぁ〜。
そして、昨日から第二回目の稽古開始。
稽古前に2時間のミーティングをいずみさん・大谷さんと行う。
久しぶりに会うもんだから、なんだかちょっと照れくさい。
今回の稽古もお二人から沢山宿題が出されている。
そして、昨日も追加の宿題が・・・・・・。
2008年6月9日(月)
今日は、久しぶりに石岡さんとお会いして、今後のことを色々話し合う。
そういえば、ハンナの兄・ジョージの居所を教えてくれたクルトさんが
先日亡くなったそうだ。
歴史の証言者がどんどん、あちらへいってしまう。
話していると、話しがどんどんふくらみ、膨らみすぎて、あっちへ行ったり・こっちへ行ったり。
ランチを一緒にしながら、あっという間に過ぎた3時間半。うっそ〜〜!
とにかく、新宿区内で公演できる場所を早急に探さなきゃ。
2008年5月7日(水)
GW明けの今日、都内某小学校の体育館で、劇団風の子の
「おさな星のうたたね」という公演を見てきました。
脚本は、いずみ凜さん。
銅鑼では小学校の体育館公演なんて滅多にやらない(・・・ず〜っと大昔に
1回だけやったのは記憶してるけど)ので、勉強に。
さすが、老舗の風の子。とってもいい舞台でした。
でも、全校生徒で100人くらい。いったいくらの上演料なんだろう?
かなり大掛かりな舞台であった。
2008年5月2日(金)
劇団の地元にある財団法人板橋文化・国際交流財団の共催決定。
しかも電話一本で。
共催といっても、共催金が出るわけではないけれど、財団のインフォメーションに
や広報に情報を掲載してもらったり、できる。
これだけでも宣伝費が少ないから大変助かる。
もう今年も5月。いつもバタバタと準備不足で、初日を迎えてしまうけれど
今度こそ!!と気を引き締める。
2008年4月30日(水)
21日〜28日まで、7日間のワークショップが終了。
長かったような、短かったような。いやあっという間だったのかな?
私はひたすらビデオを撮るだけだったけど、
いろんな事を感じ考え、子どもの頃の忘れていたいや〜な記憶が沢山よみがえり・・・。
初めて聞く劇団員の声。
目の前で起こって行く数々の出来事。
とても楽しい充実した時間だった。
この膨大な記録を大谷さんが編集翻訳して、イスラエルで待つモニさんに送る。
どんな感想が来るかしら?
2008年4月24日(木)
ワークショップ4日目。
これだけ見ていると、「ハンナのかばん」内容そのものとは全く関係ないような
稽古の中に、所々ハンナに関する事柄が入ってくる。
やるほうは、体力的にも精神的にもそろそろ厳しい状態に入りかけている・・・かも?
見ているほうは結構辛くなってきた。
見ているほうが辛くなるのかしら?
ともかく、役者の仕事は大変だ!!
そんなことをしきりに思う。
また、見ているだけだからこそ、私も自分の人生や子どもの頃のこと、どんどん
記憶がよみがえってくる。
どっちかっっていうと、記憶の彼方に押し込めておきたかった、あんなこと・こんなこと。。。。。
明日は、朝から会議。夜に稽古。
そして、土曜日は午前中稽古・・・・という結構しんどい状態になる。
2008年4月21日(月)
いよいよ今日から、大谷賢治郎さん中心にワークショップ開始。
さて、どんなことをやるのか、みんなちょっと緊張気味!?
初日ということで、今日は主に身体を動かしたりするのが中心。
身体を色々動かしながら、今までに覚えている台詞を無意味に言う。
これがどうやら、役者にとって難しいようだ。
染み付いてしまった台詞?にはついつい感情が入り、身体の動きも
その感情になってしまう。
けれど、ワークショップは笑いが堪えない楽しいものになりました。
明日から、このワークショップをビデオ撮影して、モニさんに送ります。
そうそう、タイトルが正式に決定しました!
“(仮題)”がとれて
「ハンナのかばん」
です。
ゆえに、この日誌のタイトルも、変更です。
2008年4月8日(火)
スミマセン、またまたずいぶん日が空いてしまった!
モニさん来日した日々を駆け足でUPします!!
2月18日(月)
朝9時30分、成田空港へ大谷さんと二人でモニさんを出迎え。
なかなか、姿が見えない!
あ!! 来た来た!!! 元気にご到着!!
大谷さん、久しぶりの再会におはしゃぎ!?
それから、石岡さんといずみさんと待ち合わせた新宿へ。
その前に軽くランチ。
モニさん、お箸を練習。
さて、第1回目の打合せ。
私(田辺)以外は、石岡さんに会うのが全員初めて。
ちょっと緊張?
でも石岡さん、英語でフレンドリーにモニさんに話しかけ
共通の友人がいることもわかって、和やかな雰囲気に。
よかった〜、いずみさんがいてくれて。いずみさんも英会話が出来る方じゃない。
もし、私だけだったらいちいち通訳してもらうの申し訳ないところだった、とお互いに話す。
なぜ、「ハンナのかばん」をやりたかったか、「ハンナのかばん」を読んだ感想など
2時間ほど話し合った。
その後、モニさんを宿泊先へご案内。
ゆっくり休んでくださいね〜〜。
2月19日(火)
この日は、銅鑼で打合せ。
昨日の続きからさらに一歩踏み込んで、内容の討議。
“ハンナ”を出すのか出さないのか・・・・だってハンナの写真があまりにも
強烈に可愛くて、“誰が演れるの!?”って、私的には思ったり。
キャスティングをどうするか!?
キャストもモニさんが決めるのが一番。
「はい、奥田製作所。」の稽古を見学してもらう。
そして、稽古のデモンストレーションだったワークショップは
オーディションも兼ねることに。
そして、内容も大分固まってきて、石岡さん・いずみさん・大谷さん・モニさんと私は
とてもいいチームになれる予感。
「ハンナのかばん」が持っている意味は?
何のためにこの芝居をやるのか?
何を伝えたいのか?
稽古はどんなふうに進めるのか!?
かなり具体的に話す。
その後、「流星ワゴン」の稽古見学。
夜は、いずみさん・大谷さんと4人で居酒屋へ。
モニさん食べられるものが限られている。
ユダヤ食の上にベジタリアン。
枝豆がお気に入りの様子。
お、凄い!! もうかなりお箸が上手になっている・・・。
2月20日(水)
今日は、モニさん以外はお休み!
で、モニさん一人で「はい、奥田製作所。」の稽古を見学。
色々質問されるけど、私の片言の英語で、うまく伝えられただろうか??
「ハンナのかばん」企画提案者の谷田川と記念撮影。
2月21日(木)
福島のアウシュヴィッツ平和博物館を訪問。
ここでもぜひ公演をやりたいと思っている。
モニさん、いずみさん、大谷さんと4人で新幹線で白河へ。
アウシュヴィッツ平和博物館は、去年「センポ・スギハァラ」を
主催していただいた。
博物館の皆さんが出迎えてくださる。
とっても寒いところ。
薪ストーブをガンガンたいて暖めておいてくださった。
モニさん、ここがボランティアで運営されていることにとっても驚いていた。
ここでやるとしたら、どんなふうにやれるか?
観客の皆さんに建物を移動してもらおう!!
野外でもやりたいよね〜、などと夢は膨らむ。
帰りの新幹線の中で・・・私がどうしてここでやりたいのかモニさんに話す。
公演会場としてとても意味があり、面白い空間でもある。
それと、この博物館のことはあまりまだ知られていない。
だから少しでも多くの人に知ってもらう機会にしたいのだ、と。
モニさんが大きく頷いてくれる。
頭の中ではすでにいろいろな演出プランを考えているようだ。
いずみさんと博物館前で記念撮影。
2月22日(金)
今日は、朝からオーディションを兼ねたワークショップ。
かなり激しい。こりゃ、体力がいる・・・・・。
良かった、私、俳優じゃなくて。
リトアニアからの演出家と一緒に稽古したメンバーにとっては
あまりビックリしなかったかもしれないが、こういう経験があまりない
銅鑼のメンバーにとってはかなり新鮮だったのじゃないかな。
見ているこちらはワクワクするけど。
さて、その後。
いよいよキャスティングを検討。
第一次案はまとまる。
モニさんの目は鋭い。
この短い期間だけだけれど、見抜いている。それぞれの俳優達の持っているものを。
さて、夕方になり、モニさんがそわそわ。
そう、安息日に入るのだ!
明日の夜まで、お疲れ様でした〜。
2月23日(土)
今日は、「はい、奥田製作所。」の稽古終了後、モニさんの歓迎会。
皆稽古してるので、午前中必死で買出し。
今日は、モニさんが食べられるものだけのメニュー。
ユダヤ食を売っている白金台までお惣菜を買出し。
クスクスのサラダと、ヒヨコマメペーストを揚げたもの。
でもここのだけにすると予算オーバーになるので、あとは手作り。
19時、モニさんに、石岡さん・いずみさん・大谷さんもそろい
楽しくパーティー。
この日は、谷田川さほの誕生日でもありました!
関係者からスピーチ。
立っているのが石岡さん、右が大谷さん。
そして、劇団員から質問コーナーなど。
そろそろお開き・・・・と思ったら、モニさんが浮かんだアイデアを
色々話し出し、後片付けはみんなに任せて急遽ミーティング!
2月24日(日)
今日はお休み!
大谷さんとモニさんの東京観光へ私も加えてもらう。
これぞ、東京!! っていう下町情緒あふれるところ・・・
でも浅草は前に行ったということなので、色々悩んだ末、
“谷根千”界隈へ。
墓地とか商店街やなんて事のない路地などを散策。
私もじっくり歩いたことが無いから、楽しかった。
それから、夜はニギヤカなところへ!
それもどうせなら演劇の町、下北沢へ!
日曜の夜だからか、思ったより人出はない。
それよりも寒い!!
ぐるっと一回りして、大谷さんオススメの野菜が中心の居酒屋へ。
おぉ、モニさん、お箸がもう完璧だ!!
2月25日(月)
江東区にあるK.Internationalへ。
今日は、石岡さんがここの中学生に特別授業をするのを見学させて
もらいにきた。
生徒達がやっぱり日本の子達と違う。
先生方もフレンドリー。
質問や意見がどんどん出る。
私も初めての映像など見て感動。
不思議だ。
これも、ハンナの奇跡の一つかもしれない。
みんなで記念撮影。
石岡さんとモニさんはこれでいったんお別れ。
その後、シアターΧで、モニさんが演出し大谷さんが出演した
「バベル」の日本版上演プロジェクト?の会議に私もなぜかお邪魔。
う〜ん、難しく、そして久しぶりともいうべき喧々諤々の会話。
勉強になりました。
その後、オーディションを受けられなかった俳優の面接。
2月26日(火)
最終打合せ。モニさん、風邪を引いてしまったようで、具合が悪そうだ。
イスラエルとの気温差が激しいのと疲れが出たのかもしれない。
心配。
だが、今日話さなければならないことは山ほどある。
キャスティングの最終決定。
スタッフ。
今後のスケジュールの確認。
モニさんがいない間の稽古の進め方。
最後の夜だから、ゆっくり食事でも・・・・と思っていたけど、
モニさん相当具合が悪そう。
明日のチェックアウトのことを確認して、分かれる。
「どうしましょう?」
ってことで、せっかくだから・・・といずみさん、大谷さんと飲みに行く。
2月27日(水)
モニさん、少し具合がよくなったかな?
今日は、いろんな都合で、ともかく日暮里で京成スカイライナーまで見送り。
成田までいけなくて、ごめんなさい。
ホームで抱擁。
通訳の大谷さんがいなかったからちゃんと話せないけど、
私達は、とってもいいチームだよね!
と笑顔で、ひとまずお別れ。
モニさん、帰国したらすぐ南アフリカへ行くそうだ。
風邪が早く治るよう祈る!
その数日後・・・・・モニさんから突然電話!
え?え? どうしたの〜?
こっちも頭が切り替わらず、しどろもどろなのが余計にしどろもどろ!
つまり、モニさんから感謝の電話だったの!
銅鑼のみんなに会えて本当に良かったって。
ありがとう、ありがとう。
そういう電話だった。
その後も、ずっともちろんモニさんとはメールでやり取りが続いています。
さて、キャスト発表をし、
3月8日(土)
キャストに決まった皆さんに集まってもらい、いずみさん・大谷さんから
これからやること・・・モニさんから出された宿題の説明など。
脚本は稽古しながら、創っていく。
稽古も、デモンストレーションにあったように、かなり激しく、そして、
即興性が要求される舞台なので、その訓練が必要になってくる。
そして、俳優達自身のこれまでのそれぞれの人生も下敷きになってくる・・・。
その後、個別面接へ。
ああ。本当に。
私、俳優じゃなくて、良かった。
以前書いた、“とんでもない企画”・・・それは・・・
どんなところでも上演できる、演劇
です。
カフェでも、劇場でも、博物館でも、講堂でも、体育館でも、野外でも。
どんな状況でもできる演劇。
どうでしょう?
無謀ですか?
そういうことで、演劇をみるというハードルを少しでも下げて、
いろんな人たちに見てもらいたい。
それが、この「ハンナのかばん」で実現します。
さて、この長ったらしい日誌をまとめて読んでただいたかた、ありがとうございました。
これからは、もっとマメに更新しますm(__)m
2008年2月4日(月)
モニさん来日前に、いずみさん・大谷さんと打合せ。
恥ずかしがる二人を無理やり撮影!!

左が大谷さん、右がいずみさん。
モニさんについて、いずみさんから色々な質問が出る。
どんなふうに稽古を進めるのか?
まだまだ不安が一杯。
そりゃそうだ。
銅鑼からは多分すごい無理難題ばかりの要望を出しているし。
2008年1月22日(火)
イスラエルの演出家、モニ・ヨセフさんの来日が決定しました!!
2月18日〜1週間ほど。
でも彼は、敬虔なユダヤ教徒のなので安息日となる金曜の午後から
土曜日の夜までは一切仕事をしないとのこと。
日本滞在中に、どこまで打合せが進むか、準備にかかっている!!
ということで、早速、ホロコースト教育資料センターの石岡史子さん、脚本家のいずみ凛さん、
演出助手兼通訳の大谷賢次郎さんとスケジュール調整開始!
その他に、来年3月に公演会場として考えている場所へも下見に行ったりしなきゃならないし。
大変だぁ。
でも、いよいよ、具体的に動き出すんだと思うとワクワク・ドキドキです。
2007年12月19日(水)
制作日誌の間が随分あいてしまいました!
TOPページでもお分かりのように、脚本・演出家がやっと公表できる運びとなりました。
いずみさんは、舞台の脚本だけでなく、ラジオドラマや映画などのシナリオも手掛けています。
ずっと以前から、いつか一度は一緒に仕事をしたいと思っていた方ですが、なんといっても
売れっ子作家!! タイミングが合ってやっと実現しました。
そして、演出家のモニ・ヨセフさん。
モニさんが所属するイスラエルのアッコシアターセンターは、アラブ系俳優とユダヤ系俳優とともに
舞台を創っている劇場です。演劇を通じて、イスラエル和平と世界平和を訴える活動をしています。
まさに、この舞台の演出家として、うってつけ!
モニさんは、日本に滞在したこともあり、モニさん自身が出演した「アンソロジー」日本公演では
大変な評判を呼びました。
まだ私はお目にかかってないのですが、今はひたすらメールのやり取りで打ち合わせ中。
そして、打合せと銅鑼のことを知っていただくために2月に来日が決定!!
そして、2009年3月の公演、とんでもない!?企画を考えております。
さて、それは・・・・・・?
次回の日誌をお楽しみに!
2007年11月19日(月)
2005年7月に銅鑼アトリエで開催した「ハンナのかばん」のおはなし会。
この企画は、戦後60周年企画として開催しましたが、“いつか舞台化したい”という願いも
含めて、NPO法人ホロコースト教育資料センターの石岡史子さんをお迎えして開催しました。
あれから、あっとうまに2年以上の月日が流れ・・・・・・。
この間、銅鑼は何もしていなかったわけではありません。
この物語を、どんな形でどういう風に舞台化するかをじっくり熟成させておりました。
そして、いよいよ!!
2009年3月の公演が決定。
公演に向けて、裏舞台ではどんなことが起こっているのか!?
それをこのページで皆さんにお伝えしていきたいと思います。
楽しみにしていてくださいね!
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